兵器、原発、核反応が世の中に起こす問題の数

福島事故のあとも、なんとか現状の原発ビシネスを続けようと、地方に圧力をかける電気事業者、政府原発推進派。今の政府がやっている原発輸出ビジネスは輸出した核から出るゴミは日本にほとんど戻って来る契約。戻ってくるのはそういう契約をした今の与党、電力のおじいさんたちが死んでぼくらがおじいさんになる頃。ごみ片付けはボクら。いい事ばかり言って日本国民に「みえる化」せずにテロ対策のために情報制限、とどめの秘密保護法。仕事だって遊びだって物事は隠したりしないほうが信用されて、スムーズに進むのは子供でもわかることなのに、頭が「道を譲れないぐらい」固くなってるおじいちゃんたちはそれがわからない。そんな政府や企業が金で圧力かけるから、日本のメディア(特に電力会社が資本出してるところ)は事なかれバイアスがかかってしまい、報道に慎重になってしまったり。だけどEUではかなりの頻度で、日本の福島のニュースを流し続けている。なぜならEUは原発の使用に関して何十年も核の問題と向き合い続けていて、今は使った核のゴミ問題がメイン。EUはチェルノブイリも経験済みで土壌も40%弱汚染されてしまっているというデータも出ている。そんななら福島が気にならないわけはない。この問題は正に世界中が注目している。
チェルノブイリの前例あるなかで、日本がどういう舵をとるかによって、これからも海外が日本を「信用」してくれるかが決まる。
おじいちゃんたちが気にしている「国」の信用度も、この判断が世界的に正しいのかどうかに左右される。

今浜岡原発の再稼働申請をしている中部電力は、太平洋沿いにどれだけの数、何百年分も、津波でなくなった人を供養する碑があるのか知っているのだろうか。
碑は供養のためだけではなく、後世に津波で同じ轍を踏まないように先人が残してくれたものでもある。
100年に一回中地震、400年に一回大地震、1000年に一回超大地震が来ているという歴史は、地元の人なら中学までに必ず習う。
東海上に原発を置き続けるのは、「時限爆弾」を抱えるのに近いというのは中学生でも分かるという事。
プレートが沈み続ける地震大国の日本と、固い棚にのっているヨーロッパやアメリカとはリスクが違いすぎる。

多数派がすべてを決めるのではなく、多数派の意見も少数派の意見もしっかり汲み上げて、どうやったらみんなでバランスのとれた生活ができるか、話し合って決めるのが民主主義の議会政治。ゴミはすでに出てしまってる以上、どうやったらいいか話し合うしかない。
今までより少しだけエネルギーに頼らない生活。今までより少しだけものを大切にする生活。物質的には豊かじゃないかもしれないが、心は今より豊かになるはず。
原子力産業に頼ることで独自の産業、自立力を失い、特定の地域が原発がなければ生活が出来ないぐらい、スレーブにされてしまうのが一番怖い。
何よりも、自分の地元でとれた食材を、子や孫に安心して食べさせられない悔しさは、次の世代に残すものではないのだ。